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2015年12月17日 (木)

Behind, or beyond the Last Tree

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 今回のアルバム「Last Tree」が生まれるには、ちょっとした経緯がありました。それは音楽的なコンセプトというよりは、多少個人的、心情的なものではありますが、自分への記憶のためにも書いておこうと思います。
 素晴らしいチェロ奏者で即興音楽家であるユーグ・ヴァンサンと出会ったのはもう随分前になります。ユーグはその音楽性と同様に、オープンで優しい、とても魅力的な人間性の持ち主。僕自身は決して社交的な人間ではないのですが、おそらくだからこそ、ある種の人たちとは時間を飛び越えて深く繋がることができる気がしています。ユーグとは最初の頃から、会えばいつもどこか懐かしさを感じるというか、おかしな言い方をすれば幼なじみのような安心感を感じていました。それはもちろん彼のチャーミングな人柄によるところが大きいのですが、僕は瞬く間に深い部分で彼を信頼してしまったのです。
 数年前に彼が来日した際、僕の車で移動していた時のことです。どういう流れだったのか、ふと東日本大震災の話になりました。実は僕の父親の実家は福島県南相馬市の小高区にあります。それは僕の田舎でもあり、小さい頃から毎年夏休みの多くの時間をこの場所で過ごしました。数え切れない美しい想い出と、人間形成上のたくさんの大切なものをもらった、僕にとっては本当に特別な場所です。地震と津波によって、農家だった清野家は壊滅的なダメージを受けました。そして、原発の避難区域内であったことから、清野家は未だに自分たちの土地へ戻ることができずにいます。震災のあと間も無く訪れ目にした田舎の風景は、生涯決して忘れることのできない記憶です。他の多くの人々と同様に、僕も震災から大きな衝撃を受けました。そして自分に何ができるのかを問いながら、答えの見つからない日々だけが過ぎています。また、僕の中で時間が経過するほどに、震災のことを口にすることが精神的に難しくなっています。誰と話しても、どうしても何か違和感を感じてしまうのです。これは僕の身勝手な感傷だということは十分に理解していますが、僕は震災のことを考えるとき、政治的な意見とか、原発反対だとかいうことを客観的に判断することができません。どうしても、大切な記憶がたくさんつまった場所が決定的に損なわれたことへの悲しみが先に立ちます。誤解を恐れずに言うならば、チャリティ活動よりも、お世話になった田舎のおじさんおばさんたちに恩返しをしたいと願います。それはどうすることもできない感情であり、そのことではずいぶんと悩みました。
 ふとしたきっかけから、そんなことをユーグと車中で話しました。僕の不完全な英語ながら、彼は僕の話をそのままに受け止め、深く理解してくれた気がしました。政治の話になることもなく、同情するのでもなく、感情を理解してくれたのです。僕は大きく救われました。
 その後、デュオ・ライブをレコーディングしないかとユーグが提案してくれました。そして、その際に福島の写真を何枚か持って来てくれないかと言うのです。演奏前に2人で同じ写真を眺めて即興演奏すれば、それはひとつのコンセプトとなり得るのではないかと。
 僕たちはいく枚かの写真を眺めました。ごく自然に僕たちは1枚の写真にフォーカスされていった気がします。それは裏庭にたった1本残った木の写真でした。

 こうして1枚の写真からこのアルバムは生まれました。

 思いのほか多くを語ってしまいましたが、そのこととは切り離して、新鮮な気持ちでこのアルバムを聴いていただきたいとも願っています。僕にとっては特別な意味を持つ一枚となりましたが、ひとつの即興演奏の記録として美しい作品が生まれました。自由に想像の翼を広げ、自分だけの「Last Tree」を見つけていただけたなら、無上の喜びです。

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