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2008年11月30日 (日)

Common Solo #2

今日のライブはかなり良かった。
もちろんそれは僕の主観的な感想ではあるけれど、
これほど素直に良かったと思えることはそんなに多くはない。
僕にとって良かったと思える演奏とは、
音楽的な完成度というよりはむしろ、
演奏中の感情や意識の流れの自然さに尽きる。
作為的な感情操作や不純な意識の淀みがないこと。
その点で、今日の演奏、特に第一部では、
集まってくれたお客さんたちの存在を感じながら、
コモンカフェという空間に響く音と、流れ出る意識とが、完全にシンクロしていた。
生まれ出た瞬間に消えゆく音楽本来の意味をより深く認識できた気がしている。

音楽を未来や過去に縛り付けてはいけない。
それはあくまで現在形。
そして今という瞬間は、限りなく存在し得ない"点"なのだ。
時間の美しい本質。

本来音楽は、演奏者と観客が同じ空間に居合わせなければ成立しないものだったはず。
しかし現代では、本当の意味でのライブ空間は奇跡的なものとなりつつある。
僕は音楽、ことにインプロヴィゼーションにおいては、
演奏者とオーディエンス、そして空間の果たす役割は同等だと信じている。
今日はそのことを深く実感させてもらえた。
二度目のアンコールに応えながら、その思いは確信へと変わる。

今日過ごした時間は、とても大きな意味を持つだろう。
もっとずっと前に進めることが分かった。

ありがとう。

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コメント

リスナーとしては、つねに主観しかありえないものだと思う。
音楽は抽象で、抽象は可能性にしか向かう事が出来ない。決して本当には存在しない存在。
しかし、その時、確かにそこに存在した。

リハーサルを重ねてそれを忠実に再現するライブも、パフォーマンスを含めたステージ創りで魅せるコンサートも、即興演奏も。
その場に居合わせた人達が形にならない何かを得られれば、明日からまた元気に生きたいと思えたのなら、全て正解なのだと思う。

夜の樹、階段、カフェをイメージしながらぼんやりそんな事を思いました。昨日のライブは本当に良かった。


それにしても、今年は本当に多くのものを得られた一年だったと思う。

投稿: ふじわら | 2008年11月30日 (日) 11時59分

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